COCO

 ふんわかと甘い香りがして、かしゆかは顔をしかめる。本当はあんまり甘い香りは好きじゃない。甘いものは好きだけど、でもこの匂いはあんまり好きじゃない。だってこの匂いと一緒に私が登場したらなんだかヘンじゃない?
 でもこの香水は大人になったからねと誰かがくれた。誰か―――相手のことはちゃんと覚えているけれど、誰でもない誰かで誰でもない。大切な人たちはまわりにたくさんいるけれど、あ〜ちゃんとのっち、つまり大切なふたり以外は自分にとっては誰でもない誰か。あとは家族がいるだけ。家族にはちょろちゃんも含まれているけれど、ちょろちゃんは喋れない。
 こういう匂いはあ〜ちゃんによく似合うと思う。私には似合わないと思う。私が好きなのはもっと違う匂い。でももらったどの香水の匂いもあんまり好きじゃないんだけど、そういうことってただ私たちがPerfumeだっていうだけでなんとなく香水をくれてるんじゃないのかなあ。
 そういえばみんなは私のことをどう思っているんだろう。私の私服をちゃんと見たことがある人ってどれくらいいるんだろう。センター街にいる私を見たことのある人は? それから、カラオケしているときとか、大学に通っているときとか。そういうときにファンの人に会ったこともあるけれど、私はどんな風に見えているんだろう。そういう私って本当はどこにいるんだろう。この甘い香りを私にくれた人はなにを考えて私にこれをくれたんだろう。
 もしかしたらただシャネルだっていうだけでくれたのかな。この匂いが私に似合うって思ったのかな。たぶんそんなことこれっぽっちも考えていないんだろうなあ。
 この香水の名前はCOCO。COCOって名前がシャネルっていう人の本当の名前(?)だってことくらいは知っているけれど、でもそれ以上はなんにもしらない。そう考えてかしゆかはたぶんこの香水を自分にくれた人もそれくらいしか自分のことをしらないんだと安心する。
 だったらこの香水がどんな風に使われるなんてその人が知るはずもない。
 かしゆかはちょろちゃんのケージを掃除したあとのくさいワラがつまっているゴミ袋を覗き込み、しゅっとCOCOをひと吹きする。そしたらちょろちゃんのおしっこの匂いとCOCOの匂いがまざって気持ち悪くなる。でもそんな気持ち悪いかんじが私とこのCOCOっていう香水と同じな気がしてかしゆかはもう一度安心して、COCOのボトルをそのゴミ袋の中に捨てた。